『ナミビアの砂漠』とは
『ナミビアの砂漠』は、2024年9月6日に公開予定の山中瑶子監督による長編映画作品である。主演は、近年急速に注目を集めている若手女優の河合優実が務める。物語は、21歳のカナという女性を中心に展開し、東京の美容脱毛サロンを主な舞台としている。
意外なタイトルの由来
まず注目すべきは、作品のタイトル「ナミビアの砂漠」である。一見すると東京を舞台にした物語との関連性が見出しにくいこのタイトル。実は、YouTubeで24時間生配信されているナミビア砂漠のライブ映像からインスピレーションを受けたものだという。
山中監督は、主人公のカナについて「いつも誰かと一緒にいて相手に依存しているような人」と説明している。そんなカナが1人でいるときの姿を想像した際に、このナミビア砂漠の映像が浮かんだのだという。孤独や静寂、そして広大な空間。これらのイメージが、作品全体のテーマと呼応していることに気づいたのだ。
東京という「砂漠」
山中監督は、東京を「資本主義とルッキズムがかたく結びついた象徴」と表現している。特に注目したのが、美容脱毛サロンという存在だ。「こんなに毛を忌み嫌うのって、世界でも日本くらいだし、東京が一番じゃないですか?」という監督の言葉が、現代日本社会の特異性を鋭く指摘している。
美容脱毛サロンは、まさに現代の東京を象徴する存在として描かれている。若者、特に女性たちが、社会的プレッシャーや美の基準に縛られ、自身の身体に対して過剰な介入を行う様子が、この舞台設定を通じて浮き彫りにされるのだ。
主演・河合優実との出会い
本作の主演を務める河合優実は、山中監督のデビュー作『あみこ』を高校3年生の時に観て衝撃を受けたという。その後、「私はこれから女優になるのでいつか監督の作品に出してください」という手紙を監督に渡したそうだ。その思いが7年の時を経て実現したことになる。
山中監督は、河合との対話を通じて主人公カナのキャラクター造形を行っている。例えば、河合が「自分の嫌なところ」として挙げた「たまに人の話を聞いていない」という特徴を、作品の冒頭シーンに取り入れたという。このように、俳優の個性を巧みに取り入れることで、よりリアリティのある人物像を描き出すことに成功している。
21歳という年齢の意味
主人公カナが21歳という設定には、深い意味が込められている。山中監督は、「20歳前後から急に物質量と情報量の多い社会に放り出される」と語っている。18歳から社会に出て、3年経った頃の混沌とした心境を描きたかったのだという。
この年齢設定は、現代の若者が直面する問題を鋭く捉えている。大学進学や就職、あるいは早くから社会に出る若者たち。彼らが急激に変化する環境の中で、自己のアイデンティティを模索し、社会との関わり方を学んでいく過程が、カナという人物を通じて描かれるのだ。
映画が持つ力
山中監督は、「映画って人生を変える」と強く信じている。一見大げさに聞こえるかもしれないが、監督の言葉を聞くと、その真意が伝わってくる。
「いつもならぐっと堪えてしまうタイミングで『うるせー』といえるようになるとか。小さいことに影響して、その小さなきっかけからまずは生活が変わっていく。生活の積み重ねが人生だから、人生って変えられるし変わります。」
この言葉には、映画が持つ力への強い信念が感じられる。『ナミビアの砂漠』もまた、観る人の心に小さな変化をもたらし、それが人生を変える大きなきっかけになることを期待して作られた作品なのだ。
現代社会を映す鏡としての『ナミビアの砂漠』
『ナミビアの砂漠』は、単なる一人の若い女性の物語ではない。それは、現代日本社会、特に東京という都市が抱える問題を鋭く切り取った作品だといえる。
美容脱毛サロンという舞台設定は、現代社会における美の基準や、それに伴うプレッシャーを象徴している。「こんなに毛を忌み嫌うのって、世界でも日本くらい」という山中監督の言葉は、日本社会特有の美意識や価値観を浮き彫りにしている。
また、21歳という年齢設定も重要な意味を持つ。大学生や若手社会人として、急激に変化する環境に適応しようともがく若者の姿。それは、まさに現代日本の若者が直面している課題そのものだ。
さらに、カナという主人公を通じて描かれる「依存」の問題。常に誰かと一緒にいたいという欲求は、現代社会における人間関係の希薄さや、孤独への恐れを反映しているともいえるだろう。
山中監督が描く新しい日本映画
山中瑶子監督は、わずか19歳で処女作『あみこ』を発表し、日本映画界に衝撃を与えた。そして今回の『ナミビアの砂漠』で、さらに進化した姿を見せている。
監督自身、「『あみこ』のときに信じていたものは全部捨てた」と語っている。これは単なる作風の変化ではなく、映画製作に対する姿勢そのものの変革を意味しているのだろう。
特筆すべきは、山中監督が自身の生活と映画製作を分けて考えるようになったという点だ。これにより、より客観的な視点で社会を観察し、作品に反映させることが可能になったのではないだろうか。
結びに
『ナミビアの砂漠』は、現代日本社会の縮図を描いた作品だといえる。美容脱毛サロンという一見些細な舞台設定の中に、ルッキズムや資本主義、若者の孤独や依存心といった深刻なテーマが巧みに織り込まれている。
山中瑶子監督は、この作品を通じて観客に問いかけているのだ。私たちは今、どのような社会に生きているのか。そして、その中で自分はどのように生きていくべきなのか。
『ナミビアの砂漠』は、単なるエンターテインメントを超えた、現代社会への鋭い洞察を含んだ作品となっている。9月6日の公開を前に、すでに多くの映画ファンや評論家たちの注目を集めているこの作品。果たして、観る人の人生にどのような影響を与えるのか。その答えを見つけるためにも、ぜひ劇場で体験してみてはいかがだろうか。
次回予告:世界の毛事情 – 日本の「毛嫌い」は特殊なのか
毛嫌いって日本だけだっけ?と思ってそうなると段々ルッキズムとかも気になったからシリーズ化することにした